いつか、我が家にもやってくる「介護」という時間。
体験してみないとなかなか実感を持てないけれど、
どんな様子なのか知りたくないですか?
介護のカタチは十人十色。
家族の状況やその時の選択によっても
いろいろな道があることを知り、
自分と似たケースから学ベる
介護の事例集をお届けします。

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2018.11.22

第1話 認知症の母と三姉妹・Tさんの場合

【ご家族構成】

 

現在は夫と妻(Tさん)の2人暮らし。Tさんの母親が要介護者。Tさんの父親は20年程前に交通事故で他界。既に2人の子供は家を離れ、長男は社会人、次男は東京で大学に通う。Tさんは3人姉妹の三女で、姉2人は結婚して静岡市と豊田町に住んでいる。

Tさんのお勤め先はデイサービスセンターですね。認知症を患うお母さまを、ご自分の勤め先の社会福祉法人が運営するケアハウスに預けておられます。

 母が入所したのは2年前の春、平成28年の5月くらいで、そのときはロングショートという形で、在宅のままショートステイをつなげていました。それで今年の5月にケアハウスに空きが出て、そちらのほうに入所することができました。

 

 ロングショートを始めるきっかけは、平成28年の3月10日でした。

 急に気分がハイになっちゃうというか。怒っている様子で興奮しだして。自分の持ち物を門から外に放り投げてしまって。「こんな家にはいれない!」みたいなかんじで止まらなくなっちゃって。家には居られない様子だったので、本人の気を落ち着かせるためにも「お泊まりデイ」を利用することにしました。

 そして、そこの看護師の方から「だんだん落ち着いてきたわよ。でも、できなくなってることが多いですね。家の中でひとりでおいておくのは難しいかも」とのお話を頂きました。

 

 私もそう感じてはいたんですけど、家の中の様子を客観的に見ることはなかなかできなくて。

 それまでも私が仕事から夜7時過ぎに帰宅すると、母が真っ暗な部屋の中にひとり、椅子に座っていたりとか。あまり危険を意識してなかったけれど、そろそろ考えなきゃいけないかな、と。その後、姉たちとも相談して、これを機に入所に向けて話を進めていきました。

認知症の診断を受けたのはどれくらい前のことですか。

 平成22年の11月頃です。その数カ月前に白内障の手術をして、いつも通っていたプールを2カ月ほどお休みすることになりました。そしたら、そのうちに母がどうもうつっぽい状態でいることに気付きまして。当時、私の配属先が地域包括支援センターで、そのセンターの保健師の方に相談したんです。

 認知症の姑がいる姉のアドバイスもあり、かかりつけ医の先生に相談したところ「それは多分認知症でいいと思う」と言われました。

 

 次の日、母をクリニックへ連れていくと先生が「ゆうこさん(仮名)、ゆうこさんは認知症じゃないから。認知症じゃないけど予防になるからこれちょっと飲んでみない」って。それで薬を飲むようになり、症状も改善し、プールにも通えるようになりました。

 

 介護認定を取ってデイサービスに行き始めたのは平成24年です。人と関わりを持つのもいいかなと思って。その後はプールに通いながらデイも行ってという生活をしばらく続けていました。

 プールのスタッフに私の友達がいて、母の認知症のことも説明して、たまに電話で様子を聞いていたのですが、平成26年にそのコから電話がありまして。

 

 「実はね、水着を着ないでプールに出て行こうとしちゃったり、何しに来たか分からなくなっちゃうことが何度かあって。すぐに言わなくてゴメンね」

 「どうかなあ、もう無理だと思う?」

 「ううん、ゆうこさんみんなに好かれているから大丈夫だと思うよ」

 「そう。でももし、自分のね、親で、とかだったらどうかなあ」

 「……ちょっと考えさせてもらっていい?」

 

 次の日に連絡をくれて

「もうやっぱり、ちょっとね、大変かもしれない」

「じゃあもう、これでやめにするね」

 

 そんなやり取りがあって、プールもやめることにしました。

 それからは週5日デイサービスを利用して、週2日は家にいる生活でした。

プールをやめることをお母さまにどう言って伝えましたか。

 プールには70歳から通って泳げるようになったんです。

 楽しんではいたのですが、ただ、バス停まで距離があって、歩くのが大変だったんですね。

 デイサービスは家まで迎えに来てくれます。それで「足も痛いしね、プールやめて、デイを増やそうかね。しょうがないね」と話したら、思ったよりあっさりと「いいよ、それで」って。本人はデイサービスがすごく好きだったんです。

 

 プールの退会手続きの際に、母を連れて行こうかどうか迷ったのですが、本人に「ちょっと行ってみる?」と聞いたら「うん、最後だしね」と。じゃあ行こうとなり、馴染みのスタッフや他のお年寄りとも話ができました。良かったなと思います。

 

 それからはデイサービスをつなぐようになったのですが、その後もだんだんといろいろな事ができなくなっていって、ショートステイを利用するようになりました。

 

 後日、母の部屋を片付けたら、糸が絡まった作りかけの吊し雛がたくさん出てきました。縫い物が得意な母で、吊し雛や着せ込みの人形づくりが趣味だったんです。それが変なふうに糸がつながってしまい、途中で諦めたらしいものがいっぱい。ショックでした。

 走り書きのメモらしきものもたくさん。思い出そうとしていたのでしょうね。きっと本人も、いろいろなことを忘れてしまう自分が不安だったのだと思います。

 

在宅介護を振り返ってみて、いかがですか。

 私の場合は仕事が介護の現場ですから、周囲にプロがいてくれて、私の話を共感して聞いてくれたのがとても助かりました。2年前にケアハウスへの入所を決めたときは、「家ではちょっと無理かも」と言ってくれたことで背中を押してもらえました。

 姉の2人も姑の介護の経験者だったので、私の相談の内容をよく理解してくれました。

 

 介護の知識はあっても、仕事をしながらで、まして自分の親ともなると、かえって上手に対応できない場合もあります。そんなとき、分かってくれる人たちが周りにいたことはとても大きいですね。

 

 母は現在、要介護3です。最近、特養の申し込みをしました。

 痴呆の状態の時間が長くなってはいるけれど、体は元気だし、元来は穏やかな性格で周りを困らせることもありません。明るい痴呆だと思います。